10月のもとで

モスクワから

モスクワ礼賛

 

 「スパイ映画でしか知らない連中に告げておく。モスクワを見てから、死ね」(アントン・チェーホフ)
 夜遊びが好きな人にとって、モスクワは一長一短だ。夏は午後10時ごろまで明るい。でも冬は4時には真っ暗。緯度が高いというのは、そういうこと。つまり、明るい時間と暗い時間は、年間を通すとゼロサム。海外旅行の行きの飛行機で、時間を得したと思っても、帰りに損するので差し引きゼロと同じように。明るいか、暗いか、どちらの時間が好きかは、人によるが。
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 引っ越し魔のわたし。細かくは省略しても、生まれてから大まかにこんな感じで移動してきた。京都・四条大宮→同二条城→滋賀・甲賀→ドイツ・ドレスデン→同ライプチヒ→京都・仁和寺→東京・高円寺→大阪・大国町→東京・立川→町田→後楽園→四谷三丁目→浅草橋→モスクワ。京都で小学校まで育ち、思春期が滋賀の片田舎で、大学はまた京都、ここ10年は東京暮らしだった。海外は、90年代末にドイツの旧東独地域の都市で1年暮らして以来。
 モスクワで、偏見に凝り固まっていたことに気づく。フランスから来たバイセクシュアルの友人に誘われた。「ハッテン場いこうよ」「え、そんなんあるの? 反同性愛法のあるほどホモフォビアの激しいこの国なのに」。地下鉄のホームで待ち合わせて行ってみると、とてもこぎれい。服を脱いでバスタオルを巻く。ハッテン場にあるのは、脱衣所、バー、風呂とベッド付きの暗い部屋。以上。これがすべてだ。残念ながら、異性愛者のわたしは、暗い部屋で同衾しなかったけれど、風呂とバーだけでもすごく楽しめる。だって、公共銭湯は少ないし、この街に。
 ロシア語の初級教科書にこんな下りがあった。マイケルとかロベルトとかローザとかアキラとか多国籍の登場人物が、モスクワの長所を語り合う場面。
 女好きのイタリア男のロベルトは「眠らない街」を挙げる。たしかにスーパーや薬局も24時間営業の店がけっこうある。コンビニがなくても、スーパー開いてれば、そっちの方が便利。
 一方、眼鏡でオタクっぽい日本人のアキラは「交通」と主張する。地下鉄の総距離は大阪を上回る。東京ほどの複雑さはないが、電車が来る頻度は丸ノ内線を上回る。待たなくても乗れる。最大の特徴は、深く、深いこと。大江戸線の3倍ほどの深度で、それが地上からホームまで一本のエスカレーター。3分くらいエスカレーターに乗っている。なんでこんな深いのか――スターリンが戦後こう命じたからだ。「核戦争になってもつぶれない地下鉄をつくれ」。教科書のその他の登場人物――ローザとかマイケル――がどう答えたか忘れた。
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 外国で、高い安いを述べ立ててもあんまり意味はないのだけど、アキラが主張するように交通がとても便利で、圧倒的に安いのは事実。地下鉄で1駅でも15駅乗っても、初乗り運賃。どこまで行っても同じ料金だ。例えば東京で深夜に銀座から江古田までタクシーで帰れば6000円ほどするに違いない。でも、モスクワのタクシーだとその距離で600円。寒いと、すべてタクシーで移動してしまう。
 モスクワには、東アジアやエコ意識の高い西欧とちがい、自転車の文化がない。無人のレンタル自転車はあるのだけど、娯楽としてのスポーツ感覚。スーパーに買い物にいったり、駅までいくための手段ではない。買ったんだけど、酔ってどこに止めたか忘れ、どこかにいってしまった。
 京都はカネがない学生でも楽しい街だ。学生にやさしい。でも、カネがあるともっと楽しめる。たとえば、祇園のお店。うまいよ、ほんま。東京は、ある程度、まあ、1人1万5000円の居酒屋というか割烹なりに躊躇なくいけた方が、いけないよりは楽しい。たぶん。それ以上の世界は、知らない。
 モスクワでは、だれも外食はしない。日本だと30~40年前の田舎の生活を想像すればいい。たまの外食は、ハレの日という、あれ、だ。なので、女性を外食に誘うと、ドレスつまり盛装だ。わたしは小汚いのに。
 芝居小屋も同様。東京暮らしの頃は、職業のせいもあって、なかなか演劇を見にいけなかった。予約してチケットを買っても、いけない場合がしばしばだったから。いま、学生に戻っている。だから、芝居小屋通い。ここでは、劇場は、典型的なハレの場所だ。いわゆる小劇場でも、もちろんボリショイ劇場ほどではないけれど、着飾って来ている人々は多い。
 ロシア人というかモスクワっ子というかロシアに誇りを持つ愛国者というか、高学歴層は、演劇への誇りはとても高い。「歌舞伎座にいったほうがいいよ」「野田秀樹は絶対みなきゃ」。外国人に自信をもってこう勧められる、日本の高学歴層はどれくらいいるのだ? 実際、モスクワの演劇のレベルはとってもとっても高い。
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 この街は、パリやロンドンやローマや、それに東京と比べても、そりゃ、洗練されてない。石畳もなければ、おいしいコーヒーやお茶を飲ませる店は皆無。有名無名のデザイナーの服を売る店舗すらない。旧ソ連時代のもっさい集合住宅を改装して店舗にしているのだから、おしゃれになりようがない。でもさ。日本でも、東京など一部の都会を除くと、どこもかしかも、もっさいのを思い起こしてみよ。
 10年後、東京にいるか沖縄にいるか、それともリオデジャネイロ辺りにいるかわからないが、モスクワのどの場面を思い起こすのだろう。
 エセーニン(中原中也みたいな詩人)という名のバーの地下か、置屋というか売春宿で色っぽい女性が5~10人あらわれるのを指名しているところか、300メートルのタワーに登ろうとして身分証がないため登れなかったことか、ベケット劇を見るためにマイナス20度のなかバス停で延々待ったことか、サウナに売春婦を呼んだことか、ストリップで酔いつぶれているところか、ホームパーティーを催してちらし寿司をいっぱい作ったのにいっぱい余ったことか。
 どれも帯に短い。あと3年、ひょっとしたら4~5年は住むので、いずれ、記憶の帯か襷は見つかるだろう。下半身に関係する思い出になりそうだが。
 ところで、冒頭のかぎ括弧は、うそ。チェーホフの時代にスパイ映画はありません。この国で、チェーホフなどの文学者はとってもとっても偉い。公共工事のため道路を封鎖しているフェンスに貼られたポスターが、チェーホフ。町中で芥川龍之介が、例の難しい顔で睨みつけている――東京でも京都でも、それを想像できる?