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10月のもとで

モスクワから

手塚治虫とプーシキン

日本文化でも説明しようと、手塚治虫は「プーシキン並みに偉大」と私は説いた。ロシア人は納得してくれる。プーシキン記念大学、プーシキン通り、プーシキン記念日……と、たとえ読んでなくても国民的に偉大とされている。

 

さて逆。現代日本。プーシキンってだれ?だろう。だれに例えればいいのか。

「手塚治虫並みに偉大」と説明して、わかるのかしら。かといって、芭蕉並みといわれてもぴんとこないし、漱石が近いのかしら。その後の日本語に対して果たした役割でいえば、やっぱ漱石しかないか。