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10月のもとで

モスクワから

書評「バラカ」

たまにはまじめに書評でも書いてみるか。筆が劣っていないか。

 

桐野夏生「バラカ」(集英社)

 あり得る現実――この作家に、構想する力は衰えていない。

 群馬県で働く日系ブラジル人夫婦は、夫の飲酒癖で夫婦仲に亀裂が入る。飲酒をやめるためには、いっそイスラム教国に。乳飲み子を連れた夫婦はドバイに渡る。一方、東京で暮らす男性不信の30代の編集者は、子どもを切に欲する。友人のテレビウーマンに「ドバイには赤ちゃん販売店」があると誘われ、旅した。買った子どもの名前は「バラカ」で連れ帰るが、なつかない。編集者は妊娠し、結婚する。夫の仕事の都合で仙台にいったときに、震災が発生。福島原発は爆発し、関東地方も避難勧告。首都は大阪に移転。愛されないバカラは、被災地をさまよう。甲状腺癌にかかった美少女バカラは、原発反対派・推進派双方が利用しようとつけねらう。10歳のバラカの冒険は――。

 ドバイのショッピングモールの暗い一角に、貧しさから売られた赤ん坊を陳列する店。現代世界で欲望の極点の都市のひとつドバイでは、あっても不思議ではない。桐野は読者をそう思わせる。実際よりひどい原発事故となり、東京にも一時避難勧告が出て、多くの住民は西へ避難。閑散とした東京は、出稼ぎの外国人労働者がすみつく街となった。5年前、事故処理を少し誤れば、いや、運がもうちょっとだけ悪ければ、実際になっていた事態だ。こうした「あり得る現実」を説得的に描くのが、桐野はあきれるほどうまい。「優しいおとな」では、代々木公園に子どもホームレスが棲息している実態を描いた。信じてしまう。子どもを欲する30代女性の欲望のいやらしさ、醜さを描く彼女の筆力は、これまでの作品同様、冴えわたる。

 こうした背景の「あり得さ」やリアリティーに対し、主人公の少女の冒険譚には現実味がほとんどない。したがって物語としては失格。しかし、読む意義は大きい。5年前の原発事故と、それによっていまも苦しむ人々が膨大にいることをすぐ忘れてしまう私たち。この忘却と、おのれの怠惰に気づかざるをえない。その意味で、読むべし。日頃から、フクシマを考えている人は読む必要がない。