10月のもとで

モスクワから

コミュニケーションというか、分かりあうことの不可能性

表題のテーマで、大学生の頃に戯曲を書いたのを思い出した。幸運なことに、上演までしてくれた。学生劇団が。
20年近くたっても、その分かりあうことが不可能であることへの確信は変わらない。その「振り」をするのはできるのだろうけれど。
振り、というのは、物語を信じる振りなんだろうけど、例えば、家族とか結婚とか国家とか会社とか子どもとか未来とか。