10月のもとで

モスクワから

革命愛好者は革命家にはならない

わたしは左翼、サヨクかもしれないが、心情左翼、あるいは左翼ファンなのはまちがいない。

かつて、60年代にブントという学生組織があった。共産主義者同盟の通称がブント。柄谷行人や西部邁や青木昌彦という超大物たちも所属していた。その後の全共闘の前身。
さて、ブントはドイツ語のBund(同盟)からきている。この通称は、ロシア語のブントбунт(叛乱)にも引っかけたのだろう、と最近気づいた。
 
ドイツでは一時大戦末期、革命は失敗した。わりと惜しかったんだけど。一方、ロシアでは成功した。なんでブントの名称は、失敗した方の言語からとったのかしら。
 
ふと疑問がわいた。連合赤軍でも日本赤軍でも東アジア反日武装戦線でもいいのだけど、彼らのうちロシア語ができたのはどれくらいいたのか。革命の本家本元の言語のはずなのに。一度、調べてみるか。カクメイごっこはロシア語から遠く離れて、という結論になりそうな。カクメイカは革命なした国を学ばず、と。
 
以下、印象だけでの推論。56年のスターリン批判以降、日本の新左翼はソ連とその言語ロシア語を忌避する傾向にあった。ソ連は悪い国だ、権威主義国家だ、と。ソ連に反対するのが、新左翼の前提というかファッションだった。当時の彼らの心境はこんな感じだったのだろう。
――スターリンの圧政に帰結したように本家本元のソ連の社会主義は堕落してしまった、なのでそのソ連の言語であるロシア語なんかどうでもいい。とすると、マルクスが書いた言葉ドイツ語をやらねばならない(あるいはサルトルのような西洋マルクス主義のフランス語に)――
 
簡単にいっちゃうと、彼ら新左翼は、日本共産党とかソ連とかの権威的共産主義者に対するアンチとして出発し、それが思想の根本原理だった。だから、ソ連およびロシア語を嫌悪していた。
 
さてと。この心情を現代日本で類推するのは容易じゃないなあ。そもそも共産主義は日本においてはマイナーに過ぎないのに、そのマイナーの中にさらに権威とマイナーがあるのだから。
 
いつものように無理にたとえてみるか。
書道界の主流の竹下派は権威主義だから、私は反主流の宮沢派にいます(どっちの流派であろうと一般人にとっては意味不明)
オペラ界でも茶道でもなんでも、当人にとっては真剣で、ボス(領袖)がだれであるかはとても重要、ってことだろう。竹下派の茶のたてかたと、別の派閥のそれの差がわかるはずがないのと同じように、マルクスとレーニン、あるいはスターリンの考え方の差は、部外者にわかるわけがない。
 
所詮は、趣味の問題。あるいは、派閥の問題。
たいていの茶道愛好者がバイトしながら茶道家を目指しはしないのと同様に、たいていの革命愛好者は革命家にならない。