10月のもとで

モスクワから

インテリ

インテリになりなかった。高校生のころ。

 

知識人、の方がよっぽど各上なんだろうけど、それになるのは土台無理なのがわかってたので。

知識人というのは、加藤周一とか、丸山真男とか、サルトル、大江健三郎とか、フランス系に偏ってるな、ラッセルとかサイードとか、英米系だと江藤淳か。吉本隆明とか埴谷雄高とか、あの類。あー、代表格は、小林秀雄か。知識人=文学者、だったころ。

わたしの世代だと、柄谷行人、浅田彰、軽薄版では宮台真司、か。ちょっと毛色が違うけど、橋本治なんか。当時ぽっとでの軽量新人は東浩紀だった。宮台含め、文学の権威がまだ残ってたころ。

 

これらプロ野球選手(しかも殿堂入り)にはなれなくても、草野球の審判くらいがインテリなんだろう、と思ってた。せめて、その町で野球が上手、くらいには言われたかった。インテリってそんなものなんだろう、と。

 

草野球の審判くらいにはなったけど、だからといって、だれも、あんたはインテリだから、とは呼んでくれない。親も親戚も。インテリの代表イヤミのようにさえも、なれなかった。インテリとか知識人の言葉が死滅しちゃった時代状況の変化に、インテリ志願者は取り残された。のか。

 

こう書くと、国語か社会科教師にみたいだ。ちがう。もうちょっと希少。高校教師では、留学させてくれないだろう。

 

せっかく久しぶりに20歳前後の知人ができたので聞いてみよう、インテリってなに?と。教師はいいな、若い人の考えをつねに聞けて。